「インターネットの安心安全な利用に役立つ手記コンクール」
受賞作品

①使いこなし部門

silver優秀 「手のひらの上のふるさと」  兵庫県 Y junior


中学を卒業し、四半世紀がたとうとしている。みなそれぞれ、いろいろとあっただろう。社会に出、住む場所を変え、家庭を持ったり、仕事を失ったり、命を落とした人も。

遠く離れ時間の使い方がどんどん変化していくなかで、自然と疎遠になっていた中学時代の同級生と、再び、突然、つながった。

年賀状ではなく、電子メールでもなく、きっかけはスマートフォンの無料通話アプリから。

それを利用して事件や事故に巻き込まれる人がいることは知っている。問題も課題も多いそんなツールで、手のひらの上にのる小さな携帯電話の中に、ふるさとがつくられた。デジタルのホームタウンもまた、趣がある。

家事に仕事におわれ、子どもを寝かしつけた後にひと息つく。本を読む気力も残されていない夜、携帯電話の中で繰り広げられる旧友たちの会話に頬がゆるむことがある。アップされた写真に腹を抱えることも。

この縁を足がかりに、直接顔を合わせる機会もぐっと増えた。

そして、私たちにとってこのツールがなくてはならないものである理由がもうひとつ。

同級生の中にひとり、耳を不自由にした女性がいる。この「ふるさと」がつくられる以前の同窓会では、手話のできない私たちは彼女との会話を筆記に頼らざるをえなかった。たくさんの文字を書くことがもどかしく、口を閉ざすことさえあった。

いまや、そんな必要はない。ふと口にした言葉に彼女が首を傾けると、アプリに文字を打ち込めばいい。みなで会話を共有できる。

まさに、この無料通話アプリは救世主。救世主がやや大げさであるならば、革命児と呼んでもよいかもしれない。いずれにしろ、私たちのコミュニケーションのあり方をぐるりと変えてくれるものだったことは間違いない。

携帯電話で意思疎通を行うのなら、顔を合わす必要はない、という意見もあるだろうか。けれど私たちは、同時に声を出し身振り手振りに顔の表情を変えながら、指を動かしている。話す内容に興奮しつい大きな声が出たり、小さく叫び声をあげたり、耳元でささやいたり。可笑しい話には口をあけて笑い、困ったことには眉を下げ、悔しい話には相手の腕にそっと触れる。あくまでも、アプリは情報を伝達するためのツールのひとつに過ぎないのだ。

画期的な薬が毒にもなるように、便利な道具は、使い方ひとつで他人を攻撃することも可能だろう。それをおそれ、インターネットによる数々の恩恵の享受を拒否することも選択のひとつかもしれない。

不快なニュースに接したとき「なぜインターネットなんてものが、世の中に出回ったのかしら」と問うことは、もう終わりにした。問うべきなのは「それで、これからこのインターネットなるものを私はどう使っていくのかしら」ということだと気づいたから。

四半世紀前、旧友とこんな結びつきが得られるなんて考えてもいなかった。これから先、インターネットを使った道具がどんな風に進歩していくのか予想もつかない。

けれど、大丈夫。

私は、子どもたちに誇れる使い方をしていこうと思っている。


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