「誹謗・中傷、プライバシー侵害などのインターネット上の人権問題とそれらへの対策」

 インターネット業界においては、初期の頃からネット上の誹謗・中傷、プライバシー侵害が多発しており、それら人権にかかわる問題に対する実態把握や予防的な対策がこれまで十分に検討されてきませんでした。このような対策について理解と協力を求めるために法律や実務の専門家をパネリストにむかえて「誹謗・中傷、プライバシー侵害などのインターネット上の人権問題とそれらへの対策」セミナーを開催致しました。

 社会的評価(世評・名声)を低下させるようなものをホームページなどに掲載すると、民事上の責任(損害賠償責任)を問われる可能性があり、場合によっては刑事上の責任(名誉毀損罪・信用毀損罪・侮辱罪・業務妨害罪)を追求される可能性もある。このような事例をいくつかとりあげ前半では各パネリストからの講演、後半は会場からの質疑応答をパネルディスカッション形式にて進めていきました。当日のレポート(講演資料)を掲載いたします。

   日 時:2003年3月28日(金) 午後1時30分~4時30分

   会 場:アジュール竹芝 13階 飛鳥の間

「誹謗・中傷、プライバシー侵害などのインターネット上の人権問題とそれらへの対策」
(パネリスト:発表順)
夏井 「ネット上の表現をめぐる紛争 考え方と法的枠組み」(PDF:32KB
 講師:夏井 高人氏  明治大学 法学部教授 弁護士
【講演内容】表現紛争の考え方と法的枠組み
 匿名性は政府批判の自由という視点からは民主主義を守る根幹といえるが、匿名性が保安を脅かすこともあり、常に民主主義とイコールではない。また表現の自由にも限界があり、企業秘密の秘守義務など表現行為には他の利益との調整が必要になる。掲示板プライバシー侵害事件(神戸地裁平成11年6月23日判決)では、他者の個人情報を掲示板に書き込み、悪戯電話などの被害を引き起こしたとして書き込んだ本人に損害賠償を命じる判決が出ている。こうした紛争の予防には、正しいパブリックポリシーや掲示板利用規則など合意を形成したうえで、それを守る技術的・法的対応が必要である。法的対応の枠組みは、個人的復讐など自力救済の禁止(自警団の存在は許されるが、実力行使をしてはならない)、非弁活動の禁止を前提とする。権利の存否判定は裁判所で行い、権利行使は法の定める手段によらなければならない。
町村 「動物病院 Vs. 2ちゃんねる事件」(PDF:64KB
 講師:町村 泰貴氏  元亜細亜大学 法学部教授(現・南山大学教授)
【講演内容】動物病院事件判決の問題点
 動物病院名誉毀損事件は、掲示板「2ちゃんねる」に書き込まれた発言が名誉毀損にあたるとして、病院側が2ちゃんねる管理人を訴えた事件である。東京地裁は管理人が原告からの削除要請に応じず当該書き込みを削除しなかったのは違法として400万円の損害賠償と書き込み削除を命じている(東京地裁平成14年6月26日判決、東京高裁同12月26日控訴棄却)。本判決の問題点として、「プロバイダーの削除義務を導く根拠」「プロバイダーの削除義務違反と名誉毀損の関係」「プロバイダーに削除を命じる差し止め命令と損害賠償責任との関係」の3つをあげて説明する。要約すれば、2ちゃんねるが名誉毀損したわけではないのだから免責事由の立証責任を考えるのはおかしい。また、被害者救済をプロバイダーに求めるなら、仮処分で削除を求めるのが本筋ではということである。(現・南山大学教授)
丸橋 「名誉毀損等の不法行為とプロバイダの実務」(PDF:28KB
 講師:丸橋  透氏  富士通法務部 兼 ニフティ
【講演内容】プロバイダーが直面する課題
 削除請求に対しては、従来は侵害主張者と情報発信者の間で板ばさみになっていたが、プロバイダー責任制限法施行(2002年5月27日)後は、同法に則って通知と削除を行っている。発信者情報の開示については、侵害主張者からの請求を受けた後、法定要件の確認(形式審査/弁護士と相談する実質審査)、発信者の意見聴取などを経て開示の可否を判断する。開示できない旨回答した場合は、開示請求者による開示請求訴訟も起こりえる。プロバイダーが直面する課題の1つに対侵害主張者免責規定(プロバイダー責任制限法3条1項)の形骸化がある。これは2ちゃんねる動物病院事件、ファイルローグ事件に顕著である。またアクセスプロバイダーとしての発信者情報開示請求も難問で、権利侵害が「明らか」であるかどうかの判断は困難である。P2Pによる不法行為・権利侵害の送信防止請求についても権利侵害の確認は困難である。
田島 「インターネット上の名誉・信用毀損等の不法行為の実情と法制度への期待」(PDF:32KB
 講師:田島 正広氏  シロガネ・サイバーポール 理事長 弁護士
【講演内容】匿名性の壁をいかに越えるか
 インターネット上の名誉・信用毀損事例には、匿名性や不特定多数性などネットの特徴が顕著に現れる。ニフティや2 ちゃんねるを舞台とした近時の裁判例や、東芝ビデオデッキ事件の模倣事案、著名掲示板のファイナンス情報欄での信用毀損事案、女性になりすまして援助交際希望などと記載した個人情報漏洩事案等々。訴訟に際して発信者の特定ができず、ISPを被告とする例が多かった。しかし、ISPの責任には限界があり、加害者の責任を追及する方法を探る必要がある。発信者情報入手には弁護士照会制度(弁護士法)や文書提出命令・送付嘱託(民訴法)、発信者情報開示請求(プロバイダー法)などがあるが、どれも限界がある。迅速かつ低コストの発信者情報保存の手続きや国際的連携による発信者情報保存手続き、また証言拒絶権の制限の余地の検討など、法的制度へ期待が寄せられるゆえんだ。ログ保存だけでも匿名性の悪用への抑止力になりえるはず。
ダルク 「個人情報とは -その限界事例- 」(PDF:8KB
 講師:ダルク氏  ネット被害対策室 代表
【講演内容】どこまで書けば個人が特定される?
 ネット被害対策室にはさまざまな相談が持ち込まれるが、個人情報を勝手に公開され誹謗中傷を受けながら、それだけの情報で「原告と認識できるか」「名指しといえるか」、つまり名誉毀損と認められるか、ぎりぎりのことが多い。限界と思われる事例をあげて、個人が特定されるかどうか供覧したい。
web110 「掲示板の運用基準とプロバイダの情報開示について」(PDF:296KB
 講師:吉川 誠司氏  WEB110 代表

【講演内容】見直すべき削除ガイドライン
 巨大掲示板「2ちゃんねる」は数十件にものぼるといわれる訴訟をなぜ抱えるに至ったのか。WEB110に寄せられた事例を通して考えたい。2ちゃんねるは投稿者本人が自分の発言を削除できず、削除依頼は公開掲示板でなければ受け付けてもらえない。この削除依頼公開によって被害は拡大する。事例では誤って個人情報を書き込んでしまった人が削除依頼によって増幅した攻撃を受け(数千にも及ぶ書き込み)、退職に追い込まれている。また会社、公人に関係する個人情報は原則削除しないという基準があり、事例では教師経験のある人への執拗な誹謗中傷が削除されないという被害を生んでいる。一方、なりすましによる書き込みは真偽を確認しないまま放置されている。削除依頼者のIPは公開されるのに削除対象投稿者のそれは公開されないなどの矛盾もある。影響力の大きさを考え、削除ガイドラインを見直すべきと思われる。ネットで知り合って集団自殺する事件に関連する通報があり、発信元を調べようとした県警がプロバイダーから令状を要求され、事件捜査ではないため令状が取れず調査できなかった。プロバイダーの情報開示基準を検討すべきと思う。
司  会:国分 明男氏  インターネット協会 副理事長

Kokubu パネル1 パネル3 パネル2


【ディスカッション内容】
 会場から質問を受けてパネリストが答えるディスカッションでは、国会で検討されているというプロバイダーのログ保存期間や、日本は未加入のサイバー犯罪条約について、また集団自殺に絡むプロバイダーの情報開示についてなどが話題となった。

   問い合わせ先:
    財団法人インターネット協会 国分明男、大久保貴世、山本真紀
    E-mail:seminar@iajapan.org(セミナー受付専用メール)
    Tel:03-3452-6420  Fax:03-3451-9604
    住所:〒108-0073 東京都港区三田1-4-28 三田国際ビル23階


Copyright (C) 2003 Internet Association Japan
財団法人インターネット協会 事務局 seminar@iajapan.org