【キング・クリムゾン事件】(控訴審)

  • 東京高判平成11年2月24日

  • 事案
    世界的に著名なロックグループのグループ名を題号とし、グループ及びグループに関係する音楽家の肖像写真やレコード等のジャケット写真を多数掲載した書籍を出版したラジオ局に対して、パブリシティ権を侵害する不法行為であることを理由に、当該書籍の販売の差止等及び損害賠償の請求をした事件

  • 判旨(パブリシティ権に関係する部分のみ)

    ◆判決は、まず「パブリシティ権」一般について次のように判示した。

一 いわゆるパブリシティ権について
固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像等を商品の宣伝、広告に利用し、あるいは商品そのものに付する等により当該商品の販売促進に有益な効果がもたらされることは一般によく知られている。これは著名人に対して大衆が抱く関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらす結果であると理解することができる。その結果、著名人の氏名、肖像等は当該著名人を象徴する個人識別情報としてそれ自体が顧客吸引力を持つようになり、一箇の独立した経済的利益ないし価値を具有することになる。そして、このような著名人の氏名、肖像等が持つ経済的利益ないし価値は著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、著名人がこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利として考え、他人の不当な使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきものであると考えられる。このように著名人がその氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(以下「パブリシティ価値」という。)を排他的に支配する権利がいわゆるパブリシティ権と称されるものである。

ニ パブリシティ権の侵害と不法行為の成立
 このように著名人が有する氏名、肖像等のパブリシティ価値は一箇の財産的権利として保護されるべきものであるから、パブリシティ価値を無断で使用する行為はパブリシティ権を侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。
 一方、著名人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的事項がマスメディアや大衆等(以下「マスメディア等」という。)による紹介、批判、論評等(以下「紹介等」という。)の対象となることを免れない。また現代社会においては著名人が著名性を獲得するに当たってはマスメディア等による紹介等が大きく与って力となっていることを否定することができない。そしてマスメディア等による著名人の紹介等は本来言論、出版、報道の自由として保障されるものであり、加えて右のような点を考慮すると、著名人が自己に対するマスメディア等の批判を拒絶したり自らに関する情報を統制することは一定の制約の下にあるというべきであり、パブリシティ権の名の下にこれらを拒絶、統制することが不当なものとして許されない場合があり得る。
 したがって、他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断すべきものであると解される。


◆その上で、判決は、本件書籍がパブリシティ権の侵害にあたるか否かについて、以下のとおり掲載されたジャケット写真と肖像写真について分けて検討し(さらに、出版が営利行為であることにも言及している)、結論として、「本件書籍は被控訴人のパブリシティ価値を利用することを目的として出版されたものということができず、被控訴人主張のパブリシティ権侵害の事実を認めることはできない」と判示した。


・「ジャケット写真」について
本件書籍に多数掲載されたジャケット写真は、それぞれのレコード等を視覚的に表示するものとして掲載され、作品概要及び解説と相まって当該レコード等を読者に紹介し強く印象づける目的で使用されているのであるから、被控訴人本人や「キング・クリムゾン」の構成員の氏名や肖像写真が使用されていないものはもちろんのこと、これが使用されているもの(これがわずかであることは前記のとおりである。)であっても、氏名や肖像のパブリシティ価値を利用することを目的とするものであるということはできない。


・「肖像写真」について
本件書籍に使用された被控訴人を含む「キング・クリムゾン」の構成員の肖像写真のうちパブリシティ価値の面から問題となるのは、伝記部分の5枚と各作品紹介の扉部分4頁に掲載されている肖像写真にすぎないことになるが、その掲載枚数はわずかであり、全体としてみれば本件書籍にこれらの肖像写真が占める質的な割合は低いと認められ、本件書籍の発行の趣旨、目的、書籍の体裁及び頁数等に照らすと、これらの肖像写真は被控訴人及び「キング・クリムゾン」の紹介等の一環として掲載されたものであると考えることができるから、これをもって被控訴人の氏名や肖像のパブリシティ価値に着目しこれを利用することを目的とするものであるということはできない。

 前記認定にかかる本件書籍の題号や表紙、裏表紙及び背表紙に使用された「キング・クリムゾン」の文字は本件書籍で対象としている音楽家を表す記載であり、表紙、裏表紙及び背表紙へのジャケット写真の使用も右音楽家に関する書籍であることを視覚面で印象づける趣旨で掲載したものであるとみることができるから、これらは「キング・クリムゾン」に関する書籍であることを購入者の視覚に訴え、これを印象づけるものであるということはできても、その氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とする行為であるということはできない。

これに対し被控訴人は、本件書籍は被控訴人自身の顧客吸引力を利用するものである旨主張する。しかし、著名人の紹介等は必然的に当該著名人の顧客吸引力を反映することになり、紹介等から右顧客吸引力の影響を遮断することはできないから、著名人の顧客吸引力を利用する行為であるというためには、右行為が専ら著名人の顧客吸引力に着目しその経済的利益ないし価値を利用するものであることが必要であり、単に著名人の顧客吸引力を承知の上で紹介等をしたというだけでは当該著名人の顧客吸引力を利用したということはできない。そして、前記のとおり本件書籍は「キング・クリムゾン」及び被控訴人を含む音楽家について収集した成育過程や活動内容等の情報を選択、整理し、その全作品を網羅した情報として愛好家に提供しようとするものであり、内容的にみても紹介等の実質を備えていることが認められるから、本件書籍が被控訴人自身の顧客吸引力に着目しその経済的利益ないし価値の利用を目的として発行されたものとみることはできない。確かに本件書籍はほかの海外ロック・ミュージシャンの作品紹介書(甲第3ないし第6号証)と比較して肖像写真やジャケット写真の占める比重が大きいことが認められるが、ジャケット写真を多用するか否かは、書籍の価格、紙質、体裁等を含む全体的な編集方針にかかる問題であり、写真を多用したからといって直ちにパブリシティ価値の利用を目的としていると断定することはできないから、多用する目的やジャケット写真以外の記述部分の内容等を全体的かつ客観的に観察して、これが専らパブリシティ価値に着目しその利用を目的としている行為といえるか否かを判断すべきものであり、本件書籍がこれに該当しないことは前記のとおりある。したがって、被控訴人の右主張は失当である。

 また被控訴人は、著名人の紹介等は、その価値が当該著名人の氏名、肖像等の顧客吸引力を下回らない場合に初めて正当な表現活動として著名人の許諾が不要となる旨主張する。しかし、著名人の氏名、肖像等はもともと著名人の個人識別情報にすぎないから、著名人自身が紹介等の対象となる場合に著名人の氏名、肖像等がその個人識別情報として使用されることは当然に考えられることであり、著名人はそのような氏名、肖像等の利用についてはこれを原則的に甘受すべきものであると解される。もちろん、そのような場合でも著名人の氏名、肖像等の顧客吸引力が発揮されることは否定できないから、顧客吸引力という一面において、氏名、肖像等の顧客吸引力がその余の紹介等の顧客吸引力を上回る場合も考えられるが、顧客吸引力の観点だけで紹介等の部分の価値の軽重を判断することはできないし、氏名、肖像等の顧客吸引力が認められる場合でも全体としてみれば著名人の紹介等としての基本的性質と価値が失われないことも多いと考えられるから、その場合には右紹介は言論、出版の自由としてなおこれを保護すべきである。

 したがって、判断基準の異なる氏名、肖像等の顧客吸引力と言論、出版の自由に関係する紹介等とを単純に比較衡量することは相当でなく、パブリシティ権の侵害に当たるか否かは、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が専ら他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とする行為であるといえるか否かにより判断すべきものであって、原則的に他人の使用が禁止されている著作物の引用の場合と同一に考えることはできないから、被控訴人の主張は採用できない。


・出版が営利行為であることとの関係について
なお、本件書籍の発行が営利行為であることは当事者間に争いがないが、氏名、肖像等を使用する行為は営利目的の有無を問わず発生し得るものであって、紹介等の行為の営利性とパブリシティ権の利用とは直接関連しないから、本件書籍の発行が営利行為に当たることをもって前記認定を動かし得るものではない。


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