「インターネットの安心安全な利用に役立つ手記コンクール」
受賞作品

①使いこなし部門

silver優秀 「繋がるという大切さ」  東京都 なお


独特の白い部屋、鼻をツンとさす消毒液のにおい、ベッドに仰向けで動かない自分の体。今から6年ほど前、私は留学という小さい頃からの夢を中断させ、手術を受けるため帰国した。

留学を夢見だしたのは小学校のころからだった。その念願の夢を叶えるため、通っていた地元の女子大を中退し、カリフォルニアへ留学した。怖いもの知らずで、ポジティブな性格の私は、英語ができないことなどお構いなしに、多くの友達を作っていった。やっと現地の大学に入学できる語学レベルになったとき、私の手術と帰国が決まった。たった1度の手術だから3か月もすればまた留学できるよ、と自分に言い聞かせての帰国だったから、何の不安も心配もないはずだった。

手術を終え、まだ朦朧としたときに聞いた言葉は、先生の「ごめんな。」だった。 自分が思っていたよりも、周りが想像していたよりも、もっと大変な手術で長引く入院だと気づいた時には、「頑張ろう」という気持ちがパチンと弾けてなくなってしまっていた。日に日に痩せていく体も、痛くて眠れない夜も、どこにぶつけたらよいかわからない怒りも、どんどん自分を追い詰めていった。
両親は私が痛くて眠れないときのために、気がまぎれるようにとパソコンと大量のDVDを持ってきてくれた。ふと、いつもの癖でFacebook(SNS)を開くと、留学していた時の友達の写真がたくさん目に飛び込んできた。

「テストが迫ってきて、勉強やだよー」というコメントを見たとき、涙が止まらなくなっていた。「なぜ、自分はこんなところにいるんだろう?」「なぜ、みんなと一緒にテスト勉強できていないんだろう?」「なんで自分がこんな目に合っているのだろ?」そんな行き場のない、どうしようもない思いで一杯だった。私の周りの友達みんなが先に走って行ってしまい、自分はこのベッドから動けず、一人みんなの背中が小さくなるのを見ているしかない、という孤独感を感じた。傷の痛みよりも、その孤独感やみんなを羨ましいと思う気持ちのほうがよほど痛かった。先の見えない不安しかない状況は、私に絶望しか与えず、「留学」という夢さえ見えなくさせてしまっていた。

そのとき、パソコンから「ピコン」という音が鳴った。右下に誰かからのメッセージが届いたと通知。

留学していた時に1番仲の良かった友達から「Naooooooo」とSkypeメッセージが来た。なにか返信しなくっちゃと思っていると、続けて「Where are you?? What are you doing?? I miss you so much!!!」ときてすぐ、Skypeのビデオ電話着信がきた。急いで電話できるスペースに行った。ビデオを繋げると、いつも一緒に遊んでいたメンバーが画面ぎゅうぎゅうに映っていた。ビデオ電話だから当たり前なのに、みんなの顔がそこにあって、声が聴けて、一緒の時を過ごせていることが不思議で、おかしかった。最初は私のやつれた顔に驚いていたけれど、すぐにいつも遊んでいたときのみんなの雰囲気に戻っていた。私も自分がみんなと同じ空間にいるような気がして、自分が病院にいることなど忘れていた。電話を切る直前、彼らは「早く戻っておいで、待ってるからね。」と言ってくれた。私が戻ってこないわけがない、と信じて疑わない友達の言葉がとてもうれしかった。

そのビデオ電話を終えてから、私は自分でも驚くほど力が湧いてきた。「絶対カリフォルニアに帰ろう。ちゃんと元気になって、みんなと会おう。頑張ろう。」留学という小さい頃からの夢にもう一度向き合おう、そのためにはこんな手術ぐらい乗り越えなければならない、と思えるようになった。

結局、手術と入院、リハビリを含め、1年半かかった。けれど、絶望の底にいた私が、1年半後にカリフォルニアで大学生活を送れるという状況までになったことは、自分でもミラクルだと思っている。そして今年の6月、私は無事、夢であったカリフォルニア大学を卒業した。

手術の傷の痛みは忘れてしまったが、今でもSkype越しに友達に会えた時の心臓の音は覚えている。

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