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電子ネットワーク協議会 平成10年度総会特別講演会
「音楽ライセンスを巡る最近の動向」
講師:ブレークモア法律事務所 弁護士 枝 美江
1.音楽ライセンスの仲介業務法による規制
(1) 仲介業務法とは
サイバースペースにおける音楽ライセンスの問題は、著作権問題でも一番ホットな問題です。現在の音楽の著作権ビジネスは仲介業務法という法律による強力な規制の下にあります。勅令で定められている小説、脚本、楽曲や楽曲を伴う歌詞といった著作物を利用して、著作権者のために代理や媒介、信託業務を行う場合は文化庁長官の許可を必要とします。「代理」とは著作権者の側に立って著作物のライセンス契約を締結する代理行為、「媒介」とは紹介や取り持ちなどの行為のことをいいます。「信託業務」は著作権者から著作物の信託譲渡を受けて、名義上の権利者として著作物のライセンス契約を締結するという方法による管理行為のことをいいます。
使用料規定についても文化庁長官の認可が必要です。また、業務報告や会計報告、場合によっては業務執行方法の変更を受ける等の監督も受けることになっています。しかしながら、仲介業務の許可は文化庁長官の自由裁量行為と解釈されており、許可を受けるためにクリアすべき基準も明文化されていません。行政手続法には行政庁の許認可・処分の審査基準を明確にすることが求められていますが、「仲介業務を行う適格性を有する」あるいは「必要な経済的基礎を有する」などのように抽象的な基準しか示されていません。
当時の立法の経緯を見るかぎり、行政の意図は日本音楽著作権協会(通称JASRAC)という1つの団体にのみ、仲介業務の許可を与えることにあったと思われます。事実、仲介業務法成立後は、その実績にも関わらず、プラーゲ博士の仲介業務の申請は認められませんでした。その後、プラーゲ博士は満州に設けた事務所で日本の音楽著作権の使用許諾のライセンスを出そうとしたのですが、仲介業務法違反の罪に問われたということです。
(3) JASRACについて
JASRACの仲介業務は信託業務方式をとっており、著作権の信託譲渡を受けて、演奏権、放送権、録音権などの、すべての著作権を一括管理しています。JASRACの会員である作曲家、または音楽出版社は、現在持っている著作権のほかに、将来保有することになる著作権のすべてをJASRACに譲渡することになっています。作曲家は、映画やCMで依頼を受けた作曲について、その依嘱目的に沿った使用を認めるという形でのみ自分の任意で著作権が行使できます。
JASRACに登録しなければ、自分がライセンスを与えられるのだと思っている作曲家の方も実際多いようですが、登録する、登録しないにかかわらず、自分が作曲した権利、作曲した著作物すべてが自動的にJASRACに信託譲渡されています。作曲家による許諾の自由や権利は、映画・CMの場合を除いては、契約上残されていないわけです。 作曲家の坂本龍一氏は、「今後は、作曲家自身がネットワーク上で自分の曲を発表する機会も多くなるため、この権利は自分がライセンスをする、この権利は預けるという選択する自由が認められてもよいのではないか。このような芸術家の精神的な自由がなければ、文化的な発展は望めない」ともおっしゃっています。
著作権の問題をコンピュータプログラムに置き換えて想定した場合、例えば、自分の会社で制作したコンピュータプログラムの著作権が自動的に一つの団体に譲渡されて、当該団体がすべてのライセンスの権限を有し、その使用料も文化庁が認可し、これらに対して制作者は何も言えないということになります。自分の財産が自動的に信託譲渡されることが、本当に著作権の保護になるのかという問題になるわけです。
もちろん、JASRACによる集中管理には利点もあります。特に、音楽著作物の場合、放送やお店で歌を歌う場合など、1曲ごとに個別にライセンスをとるのは非常に煩雑になります。ライセンスが画一的に発行しやすい場合は、仲介業者が管理する楽曲を一括でライセンスし、後で使用料を徴収するといった方法が効率的であるのは確かです。しかし、マルチメディア時代に入り、一律の使用料規定や一元管理が本当に効率的なのかという問題が発生しています。
2.マルチメディア・タイトルのためのライセンス
マルチメディア・タイトルには音楽や映像、写真、テキストなどの様々な著作物が組み合わされています。音楽の使い方にしても、映像に合わせて音楽を作曲してシンクロナイズしたり、既存の楽曲を写真集のバックグラウンド・ミュージックに使うといった様々な使い方があるわけです。また、何百曲も入るCD-ROMもあれば、百科事典のような大量の素材の中に、1つの素材として音楽が使われるという場合もあります。こうした場合に、ロイヤリティが一律何%、1分ごとに幾らであるということが、全体の著作物に対する音楽の著作物の貢献度を正確に表すことができるのだろうかという問題があります。
マルチメディア・タイトルのマーケットも、レコードのように再販価格の拘束が認められているマーケットと違い、まさにコンピュータ・プログラムのマーケットと近く、小売価格の再販拘束はできません。小売価格の表示をやめてしまい、オープン・プライス方式にしてしまう場合もあります。さらに、コンピュータのハードウエアやソウトウエアと一緒にバンドルした形で市場に流すという場合もあります。バンドルされると、ライセンス価格は非常に安くなってしまいます。また、日本のタイトルは非常に国際競争力があるため、外国にライセンスをすることも多いようです。そうすると、レコード業界の慣例のように、外国で販売するタイトルは外国の仲介業務団体のライセンスを必要とすることになれば、ライセンスの手続が非常に煩雑で難しいという問題も生じます。
3.サイバースペース・ミュージックのためのライセンス
(1) NMRCの問題意識
ネットワークのサイバースペースでは、音楽を配信する事業が現実に始まっており、ボーダーレスな環境で音楽が配信されています。現在、電子ネットワーク協議会をメンバーとする音楽著作権連絡協議会(通称NMRC)とJASRACで、ネットワークを使ったインタラクティブな音楽の配信における許諾のルールが話し合われています。
許諾のルールを決める際に考慮しなければならないことは、まず、今までの音楽ライセンスの場合と違い、ライセンスを受ける側の層、範囲、規模が格段に広がっているということです。ネットワークで音楽を配信する事業者、会社のホームページで音楽を流す一般企業の人、個人で作ったホームページに音楽を流そうとする人などの音楽ライセンスに習熟していない人がライセンスを取得しやすくするにはどうすればいいのかという問題があります。また、ネットワーク・アクセス・プロバイダーやネットワーク・サービス・プロバイダーは、ユーザーが音楽のライセンスを受ける場合にどのように関わるのかという問題も付随して生じます。
アメリカでは、フランクリン・ミュージック対コンピュサーブ事件が発生しました。著作権侵害とネットワーク・プロバイダーの責任に関する判例の推移を見ると、厳格に責任を適用するという傾向から厳格責任ではない方向に進んできており、最近もネットワーク・プロバイダーの責任を軽減する立法措置がなされたという新聞記事が出ていました。ただし、コモンキャリア、いわゆる通信の回線を提供する通信事業者と同じように、送信内容に対して一切責任を負わないというところまでは至っていません。ある権限や主観的要件があったときには責任を負う場合があるというリスクがあります。
事業者にとっては、問題が発生した場合はユーザーとJASRAC間での直接の解決が望ましいのですが、通信事業者の機密保持義務や個人情報の保護と、ユーザーの個人情報の開示をどのように調和させるべきかという板挟み的な状況もあります。こうした問題に対しても、JASRACとの交渉の中で、NMRCはガイドラインの作成を提案しています。
先ほども、JASRACからガイドラインや、BBSまたは個人のユーザーがホームページで音楽を使う場合の使用料規定、ホームページを使ったエレクトリック・ライセンスでの処理へ努力するなど、新しい提案がなされました。こうした内容については今後、電子ネットワーク協議会が、JASRACとの交渉の中で非常に重要な役割を占めていかれると思います。
(2) インタラクティブ配信の方法
NMRCはJASRACと交渉するに当たり、ボーダーレスな環境ということも考慮し、シンプルで合理的な規定にするためには、サイバースペース・ミュージックにおける音楽配信の形態を具体的に把握することが必要ではないかと主張しています。NMRCでは、サイバースペースの音楽配信をストリーム配信とダウンロード配信に大きく分けています。ストリーム配信はサーバに音楽をアップロードし、ユーザーはリクエストをして音楽を受信するわけですが、受信したユーザーの受信端末で音楽著作物が複製されないデータ形式で配信されます。ダウンロード配信は、ユーザーがリクエストした著作物がユーザーのハードディスクの中に複製されることを意図したデータ形式による配信です。
ストリーム配信の中でも、パケットに分割して送られてきたデータを円滑に再生するために、ユーザーの端末のメモリーに何秒間か蓄えられるというバッファリング方式により一瞬の固定があり得るのですが、現在では、再生した途端にデータが消えて、キャッシュの中にも著作物は残らないというテクノロジーが用いられています。
ストリーム配信にはインターネット・キャスティングという限りなく放送に近い方法があり、テレビのボタンを押すと放送が再生されるのと同じようにリアルタイムのプログラムが送られてくるライブ方式と、あらかじめライブで放送されたものがネットワーク上のサーバの中にアーカイブとして蓄えられて、ユーザーが好きな時にアクセスできるオン・デマンド方式があります。
サイバースペース・ミュージックは、いったんインターネット上に置かれると、様々なところに拡散してしまうというイメージがありますが、送信の形態に着目してみると、ストリーム配信のインターネット・キャスティングのライブ方式の場合は限りなく放送に近いというイメージがあります。ダウンロード配信もレコードが送られてくる代わりに、線を通ってユーザーのハードディスクの中に送られてくるようなものです。圧縮技術の進歩によって、音源データのような重いデータでも送信スピードが速くなり、さらに、自分のコンピューターでCD-Rに複製できるということになると、レコードを送っていることと同じであると考えられるのではないでしょうか。このように、私たちがそのままでは把握できないものにぶつかった場合、私たちが知っている既存のメディアと同じような規定にすれば、公平ではないだろうかと考えているわけです。
このようなNMRCの考え方をJASRACも理論的には受け入れています。ただし、ストリーム配信とインターネット・キャスティングの分け方の眼目が多少異なるため、今後の交渉に待つところだと思います。
(3) NMRC案とJASRAC案
NMRCとJASRACの決定的に異なる点は基本使用料の考え方です。インターネットで配信するには著作物をサーバに蓄積することが必要ですが、サーバにアップロードするということは著作権法的には1回複製が発生します。そこから、ユーザーがリクエストすれば、著作物はユーザーの端末に行くわけです。JASRACはサーバに蓄積した著作物について、利用単位使用料と併用して毎月基本使用料を取るとしているのですが、これに対し、NMRCは蓄積されている状態に対して毎月支払う根拠があるのかと主張しています。既存のメディアで考えてみれば、出荷されずに倉庫に残っているレコードと同じで、世間に出ていない段階にもかかわらず、1回だけではなくて毎月の基本使用料を払うということは、著作権法的にどのように考えるのかとしています。これに対してJASRACは、アクセス回数、広告料収入等の面でも、100曲のサーバと1,000曲のサーバでは違うという意味で、品揃え効果があることを理由にしているようです。NMAC側はマーケットで実現された経済価値に対する貢献として使用料の支払いをするのだというような考え方に立っていますが、JASRACは品揃えが寄与しているのだという考え方のすれ違いがあります。
(4) アメリカの動向
アメリカの場合、Digital Performance Right in Sound Recordinges Act of 1995により、電子的な送信によるレコードのデリバリー、つまりダウンロード配信も強制許諾の対象としました。強制許諾では、レコードとして発売された音楽著作物については許諾の拒否ができません。著作物が商業用レコードとして世の中に公開されてしまうと、ライセンスが欲しいと言われたら、著作権者はライセンスを与えなければならない。これをコンパルソリー・ライセンスといい、普通のレコードの複製頒布によるライセンスの場合だけではなく、ネットワークの世界でも適用することになったわけです。ライセンス契約の交渉では、法定使用料の支払いを上限としてライセンスが得ることができます。法定使用料は著作権局によって現行6.95セントに設定されています。
日本でも、今回の著作権法の改正により、送信可能化権の範囲が著作権者のほかに、著作隣接権者、つまりレコード制作者と実演家まで拡大されました。したがってインターネットで音楽を流す場合は、音楽の著作権者であるJASRACと、音源の権利者であるレコード会社やアーチストの許諾が必要になるわけです。アメリカでは、これらについても強制許諾の対象としましたが、日本の場合はJASRACが許諾しても、実際の音源の権利者が許諾しないと、その音源はインターネットでは流せないということになります。
アメリカの場合、著作権は演奏権と録音権に分かれて管理されます。演奏権はASCAP、BMI等の管理団体が、録音権はハリー・フォックス・エージェンシーが仲介業務団体として存在します。ただし、必ずしもハリー・フォックスにあずけなければならないわけではなく、音楽出版社が独自にライセンスを与えることもできます。
アメリカでは著作権の管理団体が分かれているために、ネットワークによるレコードのダウンロード配信やストリーム配信をする場合に、どちらの管理団体に許諾を得ればよいのかという問題が起こっていますが、日本とほぼ同じような議論がされているようです。つまり音楽会社やレコード会社などの使用者側は、ストリーム配信では端末での複製は起きないために録音権料を払う必要はないと主張し、権利者側は複製は起こると主張しています。さらに、ダウンロード配信で使用者にレコードが送られた場合、演奏権団体に使用料を払う必要があるのかという議論もなされているようです。
日本では、JASRACと歩み寄り、抗争の決着に向かっていますが、使用料規定の点からは遅れをとってしまったと思います。ただ、議論の水準のレベルは、アメリカと同じところに収束しつつあると思われます。