seminar1009-2
電子ネットワーク協議会 平成10年9月度月例セミナー
「デジタルアーカイブの構築とそのネットワーク展開」
講師:凸版印刷株式会社 情報・出版事業本部
マルチメディア事業開発本部市場開発部 主任 本田 和秀
1.凸版印刷のネットワーク展開
印刷業界は15年前、20年前に比べても、単価が下がっているという非常にシビアな競争構造の業種です。そうした中、当社でも徹底したコストダウンを図るために、70年代からは文字の電算化、80年代の初めからはCTSと呼ばれる漢字電算処理システム、数億円をかけてレイアウトスキャナという画像処理の機械を導入する等、いろいろ取り組んでまいりました。また、印刷工場が点在していたということもあり、通信やネットワークを使った分散処理が昔から研究されていました。こうした意味においても、デジタルに取り組みやすい環境が身近にあったといえます。
インターネットに関しては、90年代始めから携わり始め、94年のサッカーのワールドカップ決勝戦では、インターネットによる高品質な画像転送を行いました。また、インターネットビジネスの先駈けとなったのは、94年12月からスタートしたCyber Publishing Japan という日本初のインターネット集合型の企業モールです。インターネットという、当時は非常に新しい媒体を使って電子出版の領域に取り組み、さらに日本初のコンテンツの発信を図りました。95年からは、ネットワークを使った画像配信の会社、Digital Houseをスタートさせました。Digital Houseは凸版印刷、KDD、KDDテクノロジー、共同通信、インフォネットが連合でビジネスに取り組んだもので、当時ではパソコン通信をベースにした配信活動を行っていました。96年ぐらいからはインターネットに切りかわり、売上げも2億近くになっています。
また、インターネット上で地図を配信するという実験を凸版印刷とNTTが共同で開始し、97年の1月にCyber Map Japanをスタートさせました。98年には、電通、ヤフージャパン、シャープが資本参加し、現在では共同の運用ビジネスを行っています。
そのほかには、95年の5月にGlobe Warpというネットワーク上の三次元でチャットができるというサービスを、日商岩井と凸版印刷が共同してスタートさせました。
情報、出版コンテンツの発信ということでは、97年からContents Paradiseというサービスがスタートしています。コンテンツ+Bit Cashと呼ばれる少額課金のサービスを使った書籍コンテンツの販売に取り組んでいます。最近では、例えば出版社が発行している雑誌類を別途大手のプロバイダーを通じて配給してもらって、出版社に利益を出すというサービスも行っています。
これらが凸版印刷で行っているネットワーク関連のサービスですが、基本的にはワンソース・マルチユースで、もともと1つのコンテンツ、文字情報、画像情報を様々な形態に利用したいという点が核にあります。また、コンテンツ、データベースを組み合わせてネットワークで配給することによって、新たな価値を生み出していくということも、これらのサービスに共通する考え方です。さらに、それぞれ違った会社の組み合わせによる「協業」が、大きなテーマに取り組むカギになるのではないかと考えております。
2.デジタルアーカイブ
(1) デジタルアーカイブ構想
デジタルアーカイブの基本的な考え方は、マルチメディア社会のインフラを作るということにあります。デジタルアーカイブ推進協議会で定義されたデジタルアーカイブ構想とは「有形・無形の文化資産をデジタル情報の形で記録し、その情報をデータベース化して保管し、随時閲覧・鑑賞、情報ネットワークを通じて情報発信」することであるとしています。この考え方を我々は支持した形で、デジタルアーカイブビジネスを進めています。
(2) デジタルアーカイブの世界的な流れ
デジタルアーカイブ的な考え方は、世界中で進んでいます。米国議会図書館は多くの予算を投じて500万点の画像デジタル化を推進しています。また、ビル・ゲイツ氏100%出資会社であるCorbis Corporation は美術館作品のデジタル化、フォトエージェンシーの買収等を繰り返して、現在では2,300万点以上の画像を管理しています。現時点では130万点以上がデジタル化されているそうです。それから、欧州では、EUの政府プロジェクトとして、文化財のデジタル化、アーカイブ化に取り組んでいる組織が幾つかあります。実際にはそれぞれの国の通信会社が資金を出したり、スポンサーになったりして、自国が保有する資産のデジタル化に取り組んでいます。また、Museum On Lineという会社では学術的な美術館連合ネットワークとフォトエージェンシー的な商用のデジタルビジネスを同時に運用しています。
日本では、デジタルアーカイブ推進協議会が96年4月に設立され、文化財や美術品をデジタル化するための産官学の共同プロジェクトがスタートしています。一番初めに取り上げたのが石川新情報書府構想で、石川県が保有する美術品、焼き物や染め物等をデジタルアーカイブ化して、ネットワークでの発信を開始しています。また、文化庁と東京国立博物館が中心になり、「文化財情報フォーラム」という「ネットワークによる共通検索システム」が提唱されており、東京大学はデジタルミュージアムとして、600万点のデジタル化に取り組むということです。
このように、日本では官主体の流れの中にありますが、本当に必要なものであれば官・民が並んで進んでいくことがデジタルアーカイブの理想的な発展のために寄与するのではないかと考えて、当社でイメージモールジャパンというビジネスに取り組むことになりました。
3.イメージモールジャパン
「イメージモールジャパン」では、デジタルアーカイブの構築とそのビジネス展開を目指し、今年10月1日に会社設立に向けて準備を進めています。民間ベースで初めての本格的なデジタルアーカイブを構築し、日本を代表する商用デジタルアーカイブ、マルチメディアインフラという存在になりたいと考えています。「ジャパン」という名前は、一番初めの立脚点を示すものです。つまり、日本が保有する様々な資産のデジタル化を推進・確立によって、はじめて世界的な画像のトレーディング・マーケットの中に加わっていけるという意味があります。
イメージモールジャパンは、97年から日立製作所と凸版印刷の間で、コンテンツ領域に関わるビジネスを起こそうという話が始まり、7月からプロジェクトをスタートさせました。さらに、今年の10月の新会社からは朝日新聞社にも出資していただくことになりました。役割的には、凸版印刷が情報関連事業と、企業の広報・宣伝・販促との関わりによるコンテンツの収集と販売の部分をメインに行い、また、入力部分を中心としたデジタル加工、制作、製造、販売も担当します。日立製作所はシステム技術開発力を活かし、セキュリティ、高精彩の静止画システム、三次元の生成ソフト、衛星通信等による支援を行います。そして、朝日新聞社は総合情報産業としての編集、制作ノウハウ、メディア事業としての実績を基に、編集者、編集で携わってきたコンテンツによる二次利用等を含めた支援を行います。
この3 社の組み合わせに至る背景ですが、当社では95年の11月から、出版社に対して美術・歴史・写真に関するピクチャーリサーチ、写真の入手、版権の調整を代行するセクションとして「アートモール」がスタートしていました。ここでは、96年から小さなパソコンベースのデータベースを運用していたのですが、これがある意味ではイメージモールの原型ではないかと考えています。それから、当社にはTIC推進事業部にグラフィックアーツラボラトリー(GALA)というセクションがあり、アナログとデジタルをかけ合わせたグラフィックアートの新しい表現領域に挑戦するというプロジェクトを進めています。様々なコンピュータグラフィックス、高精彩の技術、モニター上の表現であるRGBと、印刷表現であるCMYKの転換技術等の研究を行っています。
日立製作所には、大型のモニターを使ってハイビジョンの数倍という高精彩度で美と感動を追求するデジタルイメージシステム(DIS)という技術があります。大型の画面システムということもあり、様々な美術館等で採用されています。当社のGALAと日立のDISは、いわばライバル関係にありますが、イメージモールジャパンでは双方を組み合わせながら、様々な新しい表現領域に挑戦していこうと考えています。さらに、日立では『マイペディア』という電子出版物の編集発行領域に乗り出し、CD-ROMのビジネスにも積極的に参入しています。
今回のイメージモールジャパンのプロジェクトでは、こういった両社のマルチメディアの資源を組み合わせて、画像データベース運用ビジネスの領域の拡大に挑戦していきたいと考えており、ここに、朝日新聞社の知恵を加えることによって、大きなビジネスにしていくことを目指しています。
イメージモールジャパンの中核は委託運用です。著作権や版権を買い取るわけではなく、基本的には運用代行を行い、我々のアーカイブに登録していただくという形をとります。これをさらに様々なライセンスビジネスや、ROMの電子出版領域等に利用して、プロフィットを得て、資産の著作者や保有者に利益を返すという仕組みを確立していこうと考えています。立ち上げ当初は、会社、法人、学校、図書館等がメインの利用者となりますが、将来的には会員制システム等を採用して、一般のコンシューマーレベルにまで販売を広げていきたいと思います。
「預託」という考え方のメリットとして、預けていただく方の基本的な権利を守りながらビジネスを拡大し、ご利用いただく方にとっては、ネットワークを利用したワンストップショッピングを実現していきたいと考えています。
4.イメージモールジャパンの技術
デジタルアーカイブを実現する技術としては、データベースやイメージシステム、グラフィックアート、セキュリティ、三次元の表現の技術が必要になります。中核となるデータベースの技術に関しては、5年後には100万点の画像をデータベース化するという目標もあり、最初から大きな画像を扱うことを前提に開発しています。
また、インデックス情報は学芸員のチェックのもとに現在進めています。画像のイメージ検索も、今は文字検索中心ですが、将来的には抽象的な言葉で検索できる(例えば「赤い感じ」等)システムの実現を考えています。
画像データは、1画像につき低解像度から高解像度まで幾つかのレベルを持ちます。画像データを入力する場合は、シチュエーションと契約形態によって、様々なパターンがあると考えられます。したがって、RGBのCD-ROMに入る水準のものを中核として、ネットワークで使う場合はこのレベル、ネットワークからCD-ROM等でカタログ作成する場合はこのレベル、印刷に使う場合はこのレベル等という形で、いくつかのレベルに分けてファイルをとっておくことを考えています。
5.課題:「デジタル」への抵抗
この領域に関わるようになって3年近くなりますが、初期のころは美術館、博物館、寺社等では、デジタルと言っただけで門前払いをされてしまったこともありましたが、イメージモールジャパンができたあたりから「資産を眠らせておくのはもったいないから、公開していこうという」という流れに変わりつつあります。しかし、デジタル化に伴う複製利用や改ざんに対する危惧は大きな問題点でもあります。
イメージモールジャパンでは、電子透かし、暗号化などのセキュリティー技術の開発を通じて、安心して画像を預託して頂ける環境作りを目指しています。電子透かしには2種類あり、1つは可視型で絵の中にスタンプを押す方法です。もう1つは不可視型で、一見しただけでは認識できないのですが、ビューア等を使うと埋め込まれた情報を見ることができるという技術です。不可視型はアメリカのデジマーク社の技術が優勢ですが、日立製作所ではデジマーク方式以上に画像の加工、変形等に耐え、埋め込まれた情報が壊れずに残るという仕組みが考えられています。また、暗号技術では、暗号を解く鍵を持っている人のみが画像のパッケージを開けられるという形で、イメージモールジャパンに技術的に取り入れていきたいと思います。
6.課題:権利問題
現在、著作権や所有権、またはデジタル化権などを巡って様々な解釈があり、課題も多くあります。しかし、我々がデジタル加工に様々な技術やノウハウを使ったといっても、デジタルデータに関する二次著作権といったことを声高に主張するものではありません。我々はあくまでも著作者、権利保有者の代行を担うというスタンスで、コンテンツを二次的に利用していただくための空間を作り出すことを優先させながら、ビジネスを展開していこうと考えています。この領域は法的部分の整備など最新の動向を見据えながら、前向きにこ取り組んでいきたいと思っています。
7.ビジネス展開
(1) ライセンスビジネス
画像データの使用権を売るライセンスの販売ビジネスです。イメージモールのデータベースを中心に、コンテンツ・ホルダーの方から預託、運用を任せていただき、これを出版、編集、広告、マルチメディア、放送番組を制作する方に販売します。今年の10月から販売は始まりますが、ネットワーク上では11月から開始します。当初は基本的に企業相手に販売を考えているため、請求書でやり取りすることになりますが、近々に本格的な電子商取引の領域に切りかえていきたいと考えています。
(2) 電子出版・制作ビジネス
アーカイブに蓄積された画像・文字情報を利用したCD-ROM、DVDのタイトル出版を考えています。タイトル制作は今後、イメージモールを効果的に利用して、複数の会社による共同出版形態が出現すると思います。イメージモールとしても、当社はCD-ROM、DVD等の様々に制作し、日立はCGを中心とした非常に高い技術力、朝日新聞は編集のノウハウがあります。これらを組み合わせて質の高い作品を生み出していきたいと考えています。また、CS放送を中心としてドキュメンタリーに対する非常に強い需要があり、番組制作というような話もあります。凸版印刷でも10月からはCSのチャンネルを持つことになり、この中での利用も考えています。
(3) 美術館、博物館向けトータル・ソリューションビジネス
美術館、博物館または公共団体、企業内等に対し、所蔵品管理システムや館内画像システムを導入して、ソフト・ハード面から電子美術館をご提供するというチャンスがあるのではないかと考えています。今年の1月から2月にかけて、名古屋の徳川美術館で電子美術館の実験を行いました。日立のDISシステムで『源氏物語絵巻』を上映し、パソコンを使った鑑賞システム『徳川の名宝』や収蔵品管理システムを館内に設置したパソコン上で公開しました。
イメージモールジャパンの扱う静止画のコンテンツとしては、徳川美術館等の国内美術館と提携し、9月末に公開します。また、欧州の絵画コレクション等も海外フォトエージェンシーと提携して、ネットワークで11月ぐらいには公開できる予定です。動画に関しては、モノクロですが、「20世紀の映像」を利用して実験的に取り組んでいます。
8.最後に
我々は、デジタルアーカイブをネットワークで展開するというビジネスが成り立つことを信じて進み始めました。アーカイブそのものはなかなかビジネスにならなくても、アーカイブの周辺には様々なビジネスが生まれてくるのではないでしょうか。こうした動きをより大きなものにしていきたいと考えています。今後とも、ぜひご協力をよろしくお願いしたいと思います。