「インターネットの安心安全な利用に役立つ手記コンクール」
受賞作品

①使いこなし部門

gold最優秀 「きっかけ」  神奈川県 緑亀


言葉で気持ちを伝えるのは大切な事です。ですが分かっていても口に出して言葉にするのが苦手だったり、苦手ではないのに言葉に出来ないことが多くあります。先天的あるいは後天的な障害や病気のせいだったり、根本的な性格的だったり、その場の状況だったり、あるいはそれ以外のものだったり。 そんな時はインターネットの力を借りるのもいいかもしれません。

妹は小さい頃、体の弱い子でした。まだ幼稚園に入る前の事、何日経っても熱が治まらず、手足が真っ赤になり…告げられた病名は"川崎病"。当時は母親が付きっきりで病院に通い1年近く入院生活を送っていました。10近く歳の離れた妹だったのでとても心配で何度もお見舞いに行った記憶があります。その頃は親も私も携帯電話というものを持っておらず、外出したら出先から連絡をもらわねば状況が分からないというのが普通だったので余計心配だったのかもしれません。今では電話をかけなくとも一言メールで「大丈夫!」ともらえれば安心するのですが。

退院後は定期的に通院すれば良いだけになり、問題なく学校に通い始めたのですが…小学3年生の頃、ある時を境に学校では一言も喋らなくなってしまいました。中学に上がる前に母が心療内科に連れて行ったところ、出された診断は「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」原因としては引越しして転校した時に上手く自己紹介ができず、その時の恥かしさや恐怖が心にあることと、元々の内向的な性格があるだろうとのことでした。幸い学校の先生や友人はそのことを理解してくれ、いじめなどもなく無事に高校まで進学することができました。

卒業後も変わらず家の中や家族の前以外では外で話すこともなく…。そんな時ふと、思いついたのが当時自分が夢中になっていたSNS。インターネットの仮想世界で家を持ち自分のアバターを動かして同じSNSに登録した色んな人とコミュニケーションが取れるというものです。家のインテリアや飼うペットも自由。アバターの名前、性別、肌、髪の色、顔つき、口調でさえ自分の好きなようにでき、現実の自分とはかけ離れたいわばなりたい自分を作れて匿名性のあるこのSNSは、パソコンを買ってインターネットに夢中になっていた当時の自分にとっては目から鱗で、気軽で開放的でとても楽しいものでした。

ちょうどパソコンを買い替えたばかりだったので以前使用していたものを妹に渡し、サポートしながらぎこちなくキーボードやマウスを操作して、一緒に妹だけのアバターを作成しました。 始めて操作するキーボードやマウスに苦戦しつつ、隣に座ってサポートしながら初めて体験するネット上の仮想世界。好きな服に着替えて行ったことのない日本の観光名所にも海外にも行けます。妹はすぐに夢中になりました。

すでにSNS上では私の友達がいたので、手始めに妹を紹介してフレンド登録をしてもらいました。最初は慣れない操作でタイピングが上手くできず会話にも追いつけずでしたが、日が経つごとに上達し、一か月経つ頃には中々慣れた手つきで文字を打つようになりました。そして会話ができるようになった分、自分から話しかけにも行き、初対面の人とも友達になり、個人的にSNS内のメッセージ機能で連絡を取り合う人も出来たようです。 その中でも私と妹と同性で年齢も近く趣味も同じで特に仲が良くなった2人がいます。いつも4人で集まってSNS上で話をしていました。個人的にもメールでやりとりをしており、電話もする仲でした。妹も携帯電話を持つようになり楽しそうにメールを返す様子を何度も見かけた記憶があります。 この頃、妹にも電話を代わってみないか?と毎回誘うようにしました。代わっても口をもごもごするだけで無言の期間が半年ほど。小声で挨拶や相槌を打つようになったのが1年後くらい。辛抱強く見守りましたがSNS上やメールでは冗談も言えるくらい饒舌なのに…と正直もどかしくも感じましたが少しでも話しているのを見た日は嬉しく感じたことを覚えています。1年と少し経つ頃にみんなで会おうという話がでました。最初複雑そうな顔をしていた妹もふっきれたのか当日みんなに渡すお菓子を楽しそうに選んでいました。

結果として、オフ会に参加してすごく喋れた。というわけではありませんでした。頷いているだけ。ですがそれ以降もSNSでの付き合いは続き、実際に遊びに行く回を重ねるごとに妹が口にする言葉は増えていき、「あの時あんなこと言ってたよね」や「あれは声出して笑ったね!」などそこから話題が広がってメールやチャット、電話でのやりとりもより現実的で鮮やかなものになっていきました。 友達と1対1で遊んできたよと言われた日には目玉が飛び出すかと思いました。

この頃から自発的に他のSNSを始め、一から自分で人との交流を広げていくようになりました。顔が見えないネット世界ではいくらでも嘘をつけるし、悪意だけを持っている人もいます。罵声を浴びせられたのか傷ついて泣いている時もあるようでした。今はネットの怖さも知り、例えばTwitterならツイフィールを作成して繋がる人を限定したり、鍵をかけるなど対策を講じて楽しんでいるようです。 ネット上のみでなく、現実では自分で仕事を見つけて働きはじめました。なんと接客業です。昔は外では頷くか簡単なジェスチャーだけしかできなかったのにと驚きました。慣れないこともあり、最初はいつも疲れた顔をしていましたが、今でもちゃんと続けて働いています。

SNSに誘ったことがきっかけですべてが上手くいったなどという事はないと思います。きっと私の知らないところで色々な葛藤があり色々な努力もしていたのでしょう。 ですが妹が喋れるようになったきっかけはインターネットを活用し文字で自分の気持ちを伝えてコミュニケーションを持つことで自信がついたからだと確信しています。 気持ちを伝える際、「手紙のほうが心温まるのに」や「言葉で直接伝えなければ寂しいじゃないか」と思うことありますが、したいけどできない時、または何かのきっかけとしてインターネットの力を借りるのも選択の一つだと思っています。私はそうしています。


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